「手書きの文字ってなんかホッとするよね〜」
何気なく使うフレーズですが、どうしてなのか、まだはっきりとは知られていません。むしろ、直感的に自然に感じることなのでわざわざ詳しい理由を知りたいと思うのは自分ぐらいだろう(笑)、と思っています。でも、企業やお店の担当者さんの中には、商品パッケージやPOPにわざわざ筆文字や手書き文字が使う方がいるぐらいですから、何か科学的な根拠があるに違いない!と思っていたのです。この記事では、6年ほどかけて知り得た手書き文字の研究についてご紹介したいと思います。
手書き文字研究を始めたきっかけ
書道教室を始めて5年ほど経ったころ、生徒さんの文字を観察していると心身の状態(気分・体調)と筆跡との間には関係があることに気がつきました。当時は和菓子、アロマ、CDジャケット、パンフレットなどに載せる筆文字デザインのご依頼をいただく機会も増えてきたころでしたので「手書き文字にはデジタル文字とは違う効果があるに違いない」という確信がふくらんでいました。
その後、子育てをきっかけに書道教室と書道家活動をお休みし、個人レッスンや社員研修の講師として継続していたのですが、その折にたまたま大学院の先生とご縁をいただき、手書き文字と心理との関連を研究する機会を得ました。
大学でも「(生理的・心理的に)はっきりした理由がわかったら、うん、やっぱり世間が感じてる通りだったよねって振り出しに戻るんじゃないの?」こういう質問を受けたこともありますが、それでもやっぱり知りたいんです。大学は、世間の人が素通りしてしまう疑問でも、どうしても知りたいと思ったらとことん追究できる、とても素敵な場所です。
まず手始めに手書き文字と性格との関係を調べました。1900〜2010年ごろまでに行われた研究をくまなく読んだ結果「手書き文字と性格は関連がない」ことがわかりました。結構な労力を使いましたが、最初に「この分野は省く」選別をするのはとても大切なことです(と言い聞かせることにしています)。
商品イメージと商品ロゴの印象は類似している
次に、手書き文字の書体が変わると印象も変わるかどうかについて調べました。どうやらこれは関連ありそうでした。手書き文字を商品パッケージに応用する方向で研究していたので、消費者心理やマーケティングの研究を参考にしました。「和風の商品には和風のフォント」「洋風の商品には洋風のフォント」という風に、それぞれの印象は似通っているだろうと予測し、国内でもっとも手書き文字が使われているお茶飲料のペットボトルに和文書体フォントの文字を貼って実験しました。
その結果、美しさ・読みやすさ・活発さという3つのカテゴリーで、商品と商品名の文字印象は似通っているということが分かりました。詳しいことはリンクの論文に記載してあります。ご興味がありましたらお読みください。
Mukai, S., & Miyazaki, G. (2015). Factorial Invariance In Evaluation of Impressions Between Fonts and Package Designs Using Structural Equation Modeling. Bulletin of Japanese Society for the Science of Design, 61(5), 107-110.
上は分析結果のみですが、予備調査は下の論文でくわしく述べています。
ペットボトルのお茶のラベルには教科書体が合う
次に、どの和文書体フォントがお茶飲料のペットボトルと相性がいいのかを調べたところ、緑茶と麦茶では教科書体がもっとも相性が良いことが分かりました。
また、年代別に美しさの印象と読みやすさが変わるかどうかも分析しました。すると、20代男性は緑茶と金文体との組み合わせが一番美しいと感じており、20〜50代の男性は緑茶とゴシック体との組み合わせが一番読みやすいと答えました。30代女性は男性とは異なっており、背景色とのコントラストがはっきりしている方が読みやすいと答えています。
手書き文字の表現はデジタル文字よりも伝わりやすい
まずは、デジタル文字3種と手書き文字3種を見比べてみてください。
実際の実験では9文字×9種類(デジタル文字3種、書道家3名)を見比べてもらい、書体や作者の違いが分かるかどうかを聞きました。聞いただけではただの質問に終わってしまい科学的ではないので、ぼかした画像も一緒に使いました。どうしてかというと、輪郭線がはっきりしている画像とぼかした画像には違う種類の成分のものが含まれているからです。
結果どうなったかというと、手書き文字の方が、ぼかした画像でも作者の違いを容易に見分けることができました。つまり、手書き文字はデジタル文字よりも識別に役立つ成分が多く含まれていることが示唆されました。手書き文字を使うと、デジタル文字の書体を変えるよりもバラエティ豊かな表現が可能になるといえます。
向井志緒子・日比野治雄・小山慎一.(2017年6月)手書き文字の作者・書体弁別に必要な空間周波数帯域の相違,日本認知心理学会第15回大会,P2-09, 慶應義塾大学. (ポスター)
手書き文字とデジタル文字との生理的・心理的な比較
最後にやっと本題。「手書きの文字ってなんかホッとするよね〜」を調べた実験です。研究費の壁(要するにお金...)を日本学術振興会の特別研究員に採用されることで乗り越えることができたのです。
実験では、手書き文字グループとデジタル文字グループにランダムに分かれて参加していただきました。文字画像を見せる前と後に心拍と血圧を測り、気分(快適かどうかなど)も質問しました。2つのグループの間で前後の数値に差ががあるかどうかを比べたのです。
結果、手書き文字を観察しているグループの方が、デジタル文字のグループよりも心拍・血圧・気分が落ち着いていました。商品パッケージやPOPにわざわざ筆文字や手書き文字が使う方々は、このような効果を直感的・経験的にご存知でいらっしゃるかもしれません。広告媒体に手書き文字を使ったデザインを用いると効果的であるというひとつの根拠を掴むことができました。
実験結果の限界とこれからの展望
以上のような実験は限られた条件(暗闇で狭いテントの中など)のもとで行うため、しばしば実験室実験とも呼ばれ「現実はそうもいかないんだよ〜」と批判を受けることも多々あります。ですので、リアルな店舗では違った結果が出る可能性もおおいにありますし、血圧・心拍・気分以外のほかの理由がからんでくることもたくさんあるでしょう。例えば、お店が空いている/混んでいる、商品の種類が少ない/多い、商品の価格が安い/高い、定番/限定/季節商品、衝動買い/節約が好きな顧客、クリスマス直前/いつもの買い物....などなど、数え出したらきりがありません。
ですので、これまで取り組んできた結果だけで「手書きの文字ってなんかホッとするよね〜」の理由を説明するにはまだまだ不十分です。それでも、これらの研究が広告を作る方、マーケティングに興味がある方にとって少しでもお役に立てれば幸いです。

